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什宝等について 百萬遍知恩寺の什宝はその数、質に於いて浄土宗本山の中で屈指のものです。その伝来については今日、確としないものが数多い。然し当山は元、御所の東北に居し、就中、室町末期以来名僧知識が多く、屡、宮中に参内して、阿弥陀経、大原談議等浄土の法門を天聴に達したことは「実隆公記」や「御湯殿の上の日記」あるいは「蔭凉軒目録」等に散見するところです。また、後柏原天皇を初め歴代天皇の御信仰を賜わったことは、伝誉上人、光誉上人の肖像に勅賛を賜わったことによっても知られました。その他東福門院の崇敬を得るとともに、江戸時代の豪商桔梗屋一門の寄進せられたものが什宝中に顕著に見られます。古来より浄土宗本山の中で、江戸幕府等政治の中枢から遠い存在でその疵護の少ない当山が、かくも数々の名宝を存していることはまことに不思議と言わなければならない。 特に寛文年間二条殿よりの出火に際し、当山も又類焼をまぬがれなかった。幸にして堂寺その他の焼失にもかかわらず、本尊その他重宝はつつがなく難を免れたことはまことに不幸中の幸であった。現今の地に転じて以来も、比較的什宝等の保存も良く行われているが何分年月を長く経たため破損するものもあったが、鋭意改修に努力して今日の状態に復することができました。就中文化財保護委員会等の絶大な御指導と御盡力により、重要文化財の数点は美事に改修を加えられたため、今日の壮観を見ることができました。 | |||
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