文禄元(1592)年に発令された禁教令から3年後に開創された。当寺開山上人の光阿浄林上人は、キリシタンをかくまい、当寺の宗派である浄土宗の「他力本願」の教えにより万人平等救済をし、「宗教は違っても、あつく信仰に生きる同朋」の思いで温かく迎えた。当時の本堂は床が高く、床下にマリア像をまつり、密かに参拝出来るようにしたといわれていた。
昭和20(1945)年7月の堺大空襲で当時の総檜づくりの本堂、庫裏はすべて全焼し、戦災時、親戚の寺に預けられていた小さな阿弥陀如来を本尊として昭和35年頃「隠れキリシタン」の思いに答えようと、隆阿昌元上人が光背部分に十字架を取り付けられたものである。現在の本堂は、昭和51年に再建された。
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