元和元年雄誉霊巌上人、宗祖並びに三祖霊場参拝の折り当地に止錫になり、庵の本尊阿弥陀如来(安阿弥作)を拝し驚き且つ喜ばれ、村人に請われて寺号を寿福山大信院専称寺と称し、是れを以って当寺開創とし霊巌上人を開山上人と為す。 霊巌上人開山後廃絶の状態となりしも、正保元年石見の国より大誉月秋来りて再興。延宝年間観音堂建立。享保年間本堂、観音堂焼失、直ちに再建立。文化年間再び本堂焼失、文化13年再建立落慶入仏、現本堂是也。