室町時代末期、作州勝山浄土宗安養寺3世光西是心が、檀家の次男三男を引きつれて米子に来て、先ず立町に一宇を建立。後弟子にゆずり安養寺に帰山。 以来3度火災にあい、現在地に移ったが、宝暦12年再び類火にあい、翌13年再建し現在に至る。 近年本堂の老化が進み、58年3月22日より7月15日迄の約4カ月間をかけて屋根替え、基礎等の大修理を行い寺観を一新している。