![]() 薬研彫りの梵字 廟堂は方三間、一重、宝形造、桟瓦葺。安政元年(1854)の建築。廟塔は五輪の塔石造で、空風火水地を表している。その中の大きい円石の四方に梵字を刻んでいる。その刻み方が薬研彫りといって鎌倉時代の手法である。 下の台石には”専修念佛弁阿聖霊墓正助行不退遂往生極楽”とあり、上人一代の行跡を端的に表現されている。 ![]() 楠若葉 聖開山は 筑紫人 (静雲) 善導寺名物の大楠を右に参道を進むと、五筋塀を従えた高雅な勅使門が見えてくる。勅使をお迎えするために造られたのでこの名がある。その門の手前左に茂る樹は菩提樹であり、大楠と共に県指定天然記念物である。勅使門を入ると唐破風の玄関をもつ広間、対面所、集会堂、書院と連なっている。 ![]() 二百年余の歴史を語る天明6年(1786)48世三誉愍海上人時代の建築。間口17.5間、奥行17間、963平方メートル、入母屋造、本瓦葺、棟梁は豊後臼杵の山崎英十郎と伝えている。屋根の上には大きな葵紋5個が並んでいるが東照宮様供養料を加えて知行500石となった標。国指定重要文化財指定(昭和6年) |
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![]() 阿弥陀如来本尊は阿弥陀如来で、鎌倉時代の作である。像高90.3mで上品下生印をむすぶ坐像である。両脇侍は、向かって右に観世音菩薩、左に勢至菩薩、いづれも坐像である。 |
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![]() 筑紫箏曲発祥の地 英彦山の唐が谷に、昔唐の李氏の裔孫が渡来して十三弦の箏を伝えていた。後に鎮西上人がこの箏を当山に伝え、佛事音楽に用いられたので当山は箏曲発祥の地と呼ばれている。のちに僧賢順(1534〜1623)が善導寺楽や寺院歌謡を譜に整理して筑紫箏を編み出し弟子玄恕に引き継がれた。また弟子法水の流れに八橋検校を輩出し、この源流から生田流、山田流として受け継がれている。 | ||||
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